配当、物語、賭博——株式の三層構造とそのリスク
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同じ株式でも、人の目には違うものとして映る。ある人にとっては企業の配当を受け取るための証書であり、別の人にとっては賭博のチップである。
配当の論理
株式の最も底にある論理は、配当を分かち合うことにある。歴史を振り返れば、企業は稼いだ利益を、配当や自社株買いという形で株主と分かち合ってきた。貴州茅台(マオタイ)や騰訊控股(テンセント)がそうした企業である。こうした企業のリスクは次のとおりだ。
- 企業が実際には稼いでおらず、決算書の上でだけ稼いでいるように見える
- 利益はあるがキャッシュフローがない
- リスクの後送り。銀行や保険のような企業は、今は稼いでいるように見えても、不良債権や保険金支払いの巨大なリスクを隠しているかもしれない
- 会計不正
- 企業は稼いでいるが、少数株主と分かち合わない
- 配当もせず、安値での自社株買いもしないまま、無闇に投資する(高値での自社株買いを含む)
- 経営陣が会社の利益を侵食し、各種の関連当事者取引で足元をすくう
- 以前は稼げていたが、今後は下り坂で稼げなくなる
- 企業が腐敗し、競争力を失う
- 次元の違う競争相手に打撃を受け、斜陽産業になる
この層では、利益と配当に値段をつけ、その持続可能性を見極めねばならない。
物語の論理
最終的には配当が分かち合われるという論理を土台に、市場に合意が生まれ、ある企業が将来大きく稼ぐという見方が広がる。そこではたいてい、筋の通った物語が語られる。電気自動車が燃油車を取って代わり、小米(シャオミ)が電気自動車の巨人になる。人工知能が台頭して百度(バイドゥ)が再び偉大になる。拼多多(ピンドゥオドゥオ)が中国の巨大な生産能力を活かして製品に市場を見出し、「節約」という心智を握る——といった具合だ。こうした企業には第一層のリスクがすべて当てはまるうえ、さらに多くのリスクがある。
- 物語は当たったが、その企業が主役ではない。たとえば人工知能は確かに台頭したが、それは百度とは無関係かもしれない。
- 物語そのものが誤っている。たとえば電気自動車による燃油車の代替は、本当の趨勢ではないのかもしれない。
この層では、物語に値段をつけねばならない。難易度はおそらく一段、いや桁違いに上がる。ここにはベンチャー投資に通じる論理が混じっている。
賭博の論理
物語の論理のさらに上では、その物語を本当に信じる必要はなく、それが今いわゆる相場の加熱材料になっていると信じれば足りる。これが賭博の論理であり、賭場には賭けの対象が要る。賭博の論理からすれば、前述の二層のリスクはもはやリスクですらない。リスクはただ一つ。
- 人気の題材はいつでも入れ替わり、賭けの対象の変化は予測しがたい。 この層では、値段をつけることなどできはしない。わずかに高頻度のクオンツ取引に機会があるだけだろう。
投資家として、私が興味を持つのは最初の二層だけである。ポジションの大半を第一層の論理に、ごく一部を第二層の論理に置きたい。第三層には近づかない。
